師長の居ぬ間に
手術室ではスタッフが何かとせわしなく動いている。
3月末を最後に手術室師長が院内から出て訪問看護ステーションに異動になるからだ。
師長は仕事の合間に、訪問看護ステーションに行き総括業務のオリエンテーションを受け始めている。
師長が手術室を出るや否や、スタッフはお別れに渡す冊子のためのメッセージカード集めに取りかかる。
「先生、カード書いてくれました?」
「それがさ、どっかに無くしたんだよね。」
「んもう、じゃあ今ここで書いてください。早くしないと師長が戻ってきます!」
急かされて医者たちは1行だけのメッセージを書く。
病棟と違って手術室師長は平日日中はずっといるし、師長に隠れて物事をすすめるのが難しい部署だ。
「師長が戻って来ましたよ!」
受付の事務員が教えてくれる。
廊下の端から師長が戻ってくる。
この時点で気付けば余裕だ。
何もなかったかのようにメッセージカードや写真は隠され、いつもの手術室のナースステーションだ。
情報収集
「師長さんいなくなったら寂しいな。」
外科医長がうなだれて言う。
「先生お世話になりました。次は整形外科の師長さんだから大丈夫ですよ。」
「外科枠は減らないよね。緊急外科手術はそのままだよね?」
「緊急手術は全科対応できるように次の師長に申し送っています。大丈夫ですよ。」
手術は医師だけではできない、看護師や技師たちがいてこそできるのだ。
夜間の緊急手術には、自宅待機の看護師や臨床工学技士が呼ばれる。
オンコールと呼ばれるシフトだ。
そのオンコール業務の看護師がいないと、緊急手術が必要な患者さん他の病院へ転院することになり、早期治療ができない。
シフトを組む手術室師長の業務は重要なのだ。
「次の師長さんって優しい?なんか怖そうな雰囲気だけど。」
「整形外科は超緊急手術はないけど外科は緊急なのよ。それ次の師長さんわかってくれるかな。」
「そうそう、整形外科部長と前大喧嘩して引き下がらなかったってホント?」
言いたい放題の外科医たち。
大昔の噂がまだ残っている。
こうして事前情報収集が本人たちの知らぬ間に進む。
その日の夕方、訪問看護ステーションの事務員に会った。
「今度手術室の師長さんが訪問看護ステーションに異動ですよね?
前外科医と大喧嘩して引き下がらなかったって噂ホントですか?」 MIKO
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