法事中の電話
それは法事の真っ最中だった。
祖母の13回忌で実家に帰省していた。
お経が唱えられ親戚一同数珠を手にしている時、私の携帯電話の着メロが響いた。
しまった、マナーモードにし忘れた。
イントロなしで始まる有名なJPOPを着メロにしたのを若干後悔した。
病院からの電話だった。
「はい、もしもし何かありました?」
小声で“今は対応無理”をアピールしたが電話の相手は話を始めた。
「321号室の荒木さんがいないんです。院内全部探したんですが。」
主任の郁美だった。焦っているのは彼女の早口でわかる。
荒木さんは糖尿病で入退院を繰り返している10数年来のなじみの患者さんだ。
本来外科病棟に内科系患者は入らないが、糖尿病性の血管障害で足の指の手術をする可能性が高く外科病棟に入院している。
「離院マニュアルのフロー通りにやってる?」
入院患者さんの離院時は医療安全管理室が作成したマニュアルにしたがって捜索を広げていくことになっている。
「捜索は近隣まで広げています。」
「警察にはまだ依頼していないのね。また報告待ってるわ。」
お経の中、両親や親せきが心配そうに私を見ていた。
入院依頼
休みの日の電話は多岐に渡る。
「師長!ベッドコントロール(病院全体の入退院を把握し、スムーズな入退院をおこなう職員)が入院立て続けに依頼してくるんです。どうにかしてください!」
泣きそうな声の副主任の早紀だ。
聞けば4人退院後2時間で3人入院依頼があって、今4人目の依頼だとか。
それはキレるのも無理はないな。
とは言え一緒に怒っても仕方がない。
「それは大変ね。どんなに忙しいかよくわかるわ。でもうちの病棟しか部屋がないんじゃない?」
「そうですけど、それにしてもひどすぎませんか?私昼休憩取れてないんですよ。」
食事が取れないのはキレる最大の理由だ。
こんな時はベッドコントロールと病棟の合意点を決めなくてはならない。
何より患者さんに迷惑がかかる。
「医事課前の相談室で入院オリエンテーションしてもらえないかしら。1時間くらいかかるわよね。」
入院オリエンテーションとは入院時の注意点や入院の流れ、施設案内をまとめたビデオを見てもらうことだ。そのあとに色々な誓約書や同意書にサインをしてもらう。
「わかりました。ベッドコントロールに言ってみます。」
「お願いする気持ちでね。ベッドコントロールも大変だからね。」
今回だけ特別に、とベッドコントロールは入院オリエンテーションを引き受けてくれたらしい。
こんな事まで休みの日に電話する?と思うこともあるが、困ったときはいつでも連絡していいことにしている。
自力で解決する力も必要だが、電話で報告するだけで彼女たちも何かしらの安心感を得ている。
少しのアドバイスで、結局自力で解決してくれる。
でも来週の温泉旅行は「電話しても出れない」ことをアピールしておこう。 MIKO
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