採血が上手い看護師①

再雇用看護師 時子さん
看護師は60歳定年制が多く、60歳を過ぎると再雇用制度があり65歳まで働ける。
今は60歳と言っても心身共に若いし、隠居生活には早すぎる。
再雇用としてフルタイムで働いたり、パートになって週に数日働くか、または退職するか本人の自由だ。

外来で15年間働く時子さんはもうすぐ63歳になる。
救急外来が長かったが、腰を痛めて外来へ異動を自ら希望した経歴がある。
この時子さん、採血の腕前は当院イチだ。
救急外来では血管確保が難しい患者さんも多いが、医師が血管確保できず時子さんに泣きつくほどだった。
その腕前は院内誰もが知っている。
患者さんだって知っている。
時子さんの定年が近づいた頃、人事課から再雇用、もしくは採血センターで勤務できる日だけでもいいからとオファーを受けたと言う。
採血センターでは、患者さんたちが時子さんの順番になるよう伺っている。

名前を呼ばれたら順番通りの看護師の前に座る決まりだが、時子さん以外の看護師、特に若手の看護師に当たるとやんわり断る患者さんがいる。
「あら、お手洗いに行きたくなっちゃった。お先にどうぞ。」
ましてや数回採血に失敗された看護師に当たりそうになると、
「私、あの看護師さんと相性悪いの。時子さんじゃないと無理な血管なのよ。」
と堂々と断る。
採血待合いでは馴染みの患者さんも多く、
「この前は3回失敗された」とか
「血管探して中で針動かされるとかなわん。」とか武勇伝が飛び交う。

時子さんの腕前
時子さんは痛点がわかる。
勿論わかるはずないが、
「刺しても痛くない場所、痛い場所がわかる。」
と言う。
採血センターには1日多い日で数百人分の採血業務がある。
カウンターに5名の看護師や検査科の技師が並び、順番で患者さんの採血をする。
スピッツ(採血を取る試験管のようなもの)は多い患者さんで7,8本取らなければならない。
しっかりした血管じゃないと無理なのだ。

「一発で取ってくれ。」
と威圧をかける患者さんには若い子は震えあがってしまう。
何回も駆血帯でしばり、何回もアルコール綿で皮膚を消毒し焦りが隠せない。
どうにか一回で採血できるよう時間をかけて血管を探しているのだが、
わかってもらえない。
血管が見えないのだ。
駆血帯でしばっても血管が浮き出てこない。
パチパチ患者さんの腕を叩くのも意味がないと言われている。
「自信なかったら交代してくれ!この血管でこの前は一発で取ってくれたぞ!」
一発指定に加えて血管指定されたらたまらない。
大体こんな患者さんは看護師も指名する。
「はい、時子さんと交代!」

老眼のはずの時子さんが、なぜあれほど採血が上手いのか。
一度看護管理部から新人や検査科の採血指導を依頼されたらしいが、
「採血は慣れとセンス。コツを教えるものではない。」
と断った。

「やっぱり時子さんは上手い。全然痛くなかった。」
交代を命じた患者さんも大満足で採血センターを後にした。
他の看護師と違うのは技術もあるが話術もある。
患者の緊張をほぐす会話が上手いのだ。
血管だけじゃなく患者さん自身を見ている。

採血ひとつにしても心を通わせることが看護には必要なのだ。  MIKO

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