大切なシャント
透析歴20年の苅田さんのシャント(透析患者には生命線である動脈を静脈をつないだ血管)が不具合をよく起こすようになった。
透析の時は通常では使わない針を刺さなければならない。
その太い針を刺す前にシャントの音を確かめるのが必須だ。
聴診器をシャントに当てると「ザーザー」「ゴーゴー」といった音が聞こえる。
詰まってくるとその音が途切れたり聞こえなかったりする。
音を確かめる時間が長いと苅田さんは
「またイカれとるんか?」
と呆れたように聞く。
苅田さんの両腕には数か所潰れたシャントがある。
過去の透析歴を思い出すように、苅田さんは血管を見つめる。
「苅田さん、今日は入院して透析しましょうか。」
腎臓内科部長が説明した。部長と苅田さんの付き合いは透析歴より長い。
「この前若い医者にシャント造らせたやろ。あの先生はやめてな。」
「それと病棟は4東にしてくれ。この前の病棟はひどかった。」
シャントが使えない場合、緊急的に鼠経部の太い血管に大きな針を留置して透析を行う。
血流が足りないと透析はできないのだ。
「またあのぶっとい管かいな。それ入れるのもペーペーはやめてや。」
言われなくても若い医者は、苅田さんの目つきで辞退してしまう。
苅田さんの入院
ベッドコントロール師長に苅田さんの入院を依頼すると一発目に絶叫される。
「この前の入院で看護師散々やられたのよ。職員だけじゃないの、患者同士で揉めたの知ってる?」
「シャントマッサージ(シャントが潰れないように患者がおこなうマッサージ)とか指導してるの?先生も苅田さんに注意してくれないと、こっちが病棟から文句言われるんですからねっ!」
10分程して苅田さんの入院病棟が決まった。
ベッドコントローラーは自分が頭を下げたからと嫌味を繰り返した。
「〇〇病棟は嫌だとか、担当看護師が〇〇さんにしてくれ、とか言わないよう苅田さんに伝えてくださいね。」
一応伝えるが苅田さんには通用しない。
入院するために車椅子を用意していた看護師が苅田さんから怒られていた。
「車椅子は歩けない患者に使うもんや。考えたらわかるやろ。」
病棟に行く途中、苅田さんはすれ違う職員全員から声を掛けられていた。
「へぼ医者が造ったシャントが潰れたんや。」
「病院食、前と変わってないんです。伝えててくださいね。」
栄養士の賢治も「不味い」と何度も怒られているから先手を打ってきた。
これから病棟で一時的な透析をしなければならない。
腎臓の機能が低下して、一日でも透析が遅れると血液中の言わばゴミが溜まって命に関わる。
おそらく苅田さんも不安なはずだ。
透析を続けるより、腎臓移植をした方が予後がいいのは誰もが知っている。
移植を受けるような全身状態ではない。
何よりも腎臓を片方提供してくれる家族がいない。
不安な分クレームでコミュニケーションを取っているのかもしれない。
入院してすぐ、シャントがある腕に血圧計を巻こうとした看護師に喝を入れていた。
「いくらおんぼろシャントでも血圧計はあかん。どっちにシャントがあるか、ちゃんと確かめんと。」
いや苅田さん、わざとそっちの腕出したでしょ。 MIKO
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