予防着という名の割烹着

ディスポエプロンが主流ではなかった時代

コロナウイルスは依然として人から人へ感染拡大のチャンスを狙っている。ふとした隙を狙ったり変異株となり人の体へ入り込み、生命や生活すべてを脅かしている。コロナが流行り出して急激に使用率が上がったのはマスク、エプロン、防護衣類、その他手指消毒剤。2020年春は医療衛生材料が足りず、同じマスクを1週間使用したこともあった。今はありがたいことに安定供給が続いている。

白いストッキングに続いて「看護師昔話」のひとつ、予防着という名の割烹着。私が入職した四半世紀前もシリンジや手袋はディスポーザブルが普及しつつあった。ディスポーザブルのビニールエプロンもオムツ交換や患者さんのケアの時使用し、患者さん毎にエプロンを替える習慣も根付きつつあった。それとは別に割烹着のようなスモックのような白衣の上に着る予防着が存在したのだ。

予防着廃止運動

入職から数年目に「予防着廃止運動」の波が押し寄せてきた。しかし頑なに反対する予防着愛好家が一定数いた。感染担当看護師(今で言う感染認定看護師)が目くじらを立てて「予防着は脱ぎましょう。」と声を上げても彼女たちは無視し続けていた。ナースキャップ廃止の時は「待ってました」とばかりに一斉に外したのだから、不快であれば外すのだ。予防着は大先輩方だけではなく、30歳に満たない看護師も数名脱ごうとしなかった記憶がある(注:この文中の30歳は今50代後半)。ディスポエプロンが普及し始めても彼女たちはなかなか予防着を脱ごうとしなかった。予防着の上にディスポエプロンを付けると窮屈で、見た目も非常に滑稽だった。
ナースステーションに入る時は予防着を脱ぐ、夜勤の時はそのままでもよいという意味不明なルールがあり、反論することを知らない私達は何も思わず従っていた。ナースステーションの入口には壊れて使えない点滴の支柱台が2本置いてあった。その支柱台に予防着を脱いで吊るしナースステーションに入るのだ。当然取る時は異常に取りづらかった。よく似た予防着の中から自分のそれを探し、取る時は一度全部取ってまたかけ直す。中には汚すぎる予防着もあって不快で仕方なかった。随分前に退職した看護師の予防着が発掘されることも時々あった。

予防着反対派の本当の理由

白いストッキングを脱がなかった大先輩方には理想の看護師像、理念があった。「白で統一し清潔感を与え、奉仕の精神で業務をおこなうべきである。」その大先輩がストッキングから靴下に替えた時の第一声は「なんだか下着つけてないみたい、スカスカするんだけど。」

予防着反対派は「寒いから」だの「白衣を汚したくない」だの言ってたが、本当は「体形が隠せるから」だった。デカい看護師は予防衣を着ると更にデカく見えていたから体形隠しとは言えない。ただ腹の出具合や脇肉は隠すことができた。そんな反対派も時代の変遷に従い、徐々に予防着を手放していった。「予防着付けないと落ち着かないわ。なんだか裸で仕事しているような感覚で恥ずかしいわ。」想像力に長けた先輩方だった。  MIKO

コメント

タイトルとURLをコピーしました