管理職になりたくなかった郁美
病棟主任の郁美は昇進を1度断っている。昇進を断る業種って看護師くらいじゃないかと思う。
1度目は入職10年目、郁美が32歳の時だった。実習生の教育が上手いと、実習側の教員数名から褒められ、即管理部から打診された。
郁美は実習指導を任されていたが、レポートのコメントにちょっとした漫画や、イラストを入れるのが得意だ。時には参考になる文献や、YouTubeのURLも教えたりする。自分の実習生時代の話や失敗談も実習生のレポートコメント欄に書いて、たちまち人気者になった。
「郁美さんって〇〇学校の実習指導の先生と、〇〇学校の先生からお礼言われたのよ。副主任にどうかしら?」
看護部長から打診があった時、正直嬉しかった。やっと郁美の努力が報われるって。
二つ返事で看護部長室を後にし、郁美を師長室に呼んだ。しかし郁美の顔は曇ったままで
「あいがたいお話だと思うんですが、スタッフのままでいたいんです、すみません。」
と郁美は頭を下げた。
聞くと、自分の進む先は看護管理職ではないと言う。管理職になると異常なほど業務が増えることも断る理由だった。
「自分が何をしたいか、何を目指すべきかわからないんです。こんな状態で管理職になったらスタッフに迷惑がかかります。」
こんな言葉、私の時は出てこなかったな。
当時の師長から「来月から副主任ね。」と面談で言われて断る雰囲気じゃなかった。
副主任2人が相次いで退職し、急いでいたのかもしれない。急に夜勤が月2~3回になり、子育て中だったこともあり、私的にはホッとした面もあった。
看護管理職
看護管理職は日々の業務の他に、病院の委員会運営も任される。看護部が病院職員に占める割合が高いため、ほとんどの委員会に参画している。
「実習指導委員会の一員だけでも大変なんです。」
郁美が一度副主任を断って半年後、もう一度打診があった。部署異動と昇格人事が重なり、また新たなセンターがオープンするため管理者不足になったせいでもある。
「また打診があるってことは力がある証拠よ。立場が変わると景色も変わるしキャリア形成に役立つと思うわ。」
説得しないつもりで郁美に話し、1分ほど沈黙して郁美は受けてくれた。
人事発表
病院の人事発表は院内全体メールと、人事発表式で行われる。
ただほとんどの場合、事前にスタッフに漏れている。郁美の副主任昇格も2回目に師長室へ呼ばれた当日から噂になっていたらしい。
「今度は郁美さん断れないはずよ。師長が説得するみたいよ。」
「実習指導は誰がするのよ。誰だって嫌よ、郁美さん続けてくれるんでしょうね。」
こんな会話が更衣室で飛び交っていたと聞いた。
あれから2年、郁美はすぐに主任に昇格した。実習指導も継続してくれている。今では看護部の教育委員会にも参画し、画期的な意見を出している。
看護管理に必要な研修を数か月受け、視野も広がったらしい。研修で一緒だった色んな病院の管理職と友達になったことも今の活躍に影響を与えている。
もう少しで師長の仲間入りだね、郁美。 MIKO
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